「ゼル、今日はポッキーの日だ。」
突然背後から掛けられた声に、ゼルは慌てて振り返った。
「デザーム様!?」
何の気配も感じさせず、デザームがつかつかとゼルに歩み寄る。
至極、機嫌良さげに相好を崩しながら。
「あの…すみません、ポッキーとはいったい…」
地球上の文化に関わるものだろう、とは推測できるが、詳しくはわからない。
デザームの不興を買うかと恐れつつも、ゼルは質問を口にした。
だがデザームは相当に機嫌が良かったらしい。
笑みを浮かべたまま、ゼルの目の前に、手に持った小箱を突き出す。
「これだ。これがポッキーだ。」
カラフルな果実とスティックがデザインされた紙箱を、ゼルはまじまじと見つめる。
「これは…食べ物、でしょうか。」
ゼルの答えに、デザームは満足げに大きく頷いた。
「うむ。お菓子だ。」
お菓子。栄養補給の為の食事とは異なり、主に味や香りを楽しむ為の嗜好品。味はさまざまだが、概ね甘い。お茶という名の飲み物と共に供されることも多い。
瞬時にそれだけのデータを思い出す。
「は。…デザーム様はお菓子がお好きなのですか?」
ふ、とデザームの顔から満面の笑みが消える。
静かな表情の変化に、一瞬にしてゼルは総毛立つ。
内心の動揺をなるべく面に出さぬように努めながら、ゼルはデザームの次の行動を待った。
無言のまま、デザームはペリペリと箱の開け口を開ける。
中から半透明の袋を取り出し、ぴりりと封を切る。
ふわりとあたりに漂う甘いイチゴの香り。
つぶつぶとした果肉がピンク色のチョコと共にコーティングされた棒状のお菓子を、デザームがじっと眺める。
「ポッキーには正式な食べ方があるのだ。」
そう言いながら、デザームの指がチョココーティングされていない部分を摘み上げる。
「…は。」
指先でくるりと回転させながら、デザームはどこかうっとりとした目でポッキーを眺めた。
「私がこちらから…」
と、コーティングされた先端に唇を触れる。
「そしてもう一人が反対側から食べるのだ。」
ちらり、とデザームはゼルに目をやった。
「…は?あの…それはどういう…」
デザームの言う意味が良く飲み込めず、ゼルが聞き返す。
「同時にだ。」
「同時…ですか。…わかりました。」
ゼルが了承すると、デザームも頷いた。
甘い先端を咥え、ふと思い出したように付け加える。
「言っておくが、食べ終わるまで口を離してはならん。」
「なっ!?」
ゼルが言葉を失うが、デザームはすでに先端を咥えていた。
そのまま指を離すと、ゼルの身長に合わせるように心持ち下を向く。
「…う……失礼します。」
ゼルは観念し、半歩、デザームへと身を寄せた。
軽くつま先立ちになり、デザームの指の触れていた部分を咥えるべく口を開ける。
デザームの目がごく間近い。
息が掛かりそうな距離で、ゼルは思い切って端を噛んだ。
前歯を当てただけで、軽くさくっと折れる感触に、慌てて落とさぬように咥える。
唇がチョココーティングの端に触れ、甘酸っぱさがゼルの口中に広がった。
おずおずとゼルが食べ始め、さくさくとデザームが反対側を食べ進めてゆく。
気づくとゼルは随分と仰向けられ、デザームは屈み込むように顔を寄せている。
ゼルが殆ど口にせぬまま、デザームの唇が至近距離に迫った。
最後はどうするべきかを聞いていない、とゼルが思うのも束の間、ゼルの唇にデザームのそれが重なる。
と同時に最後のひとかけらを舌先で押し込まれ、続いて柔らかい舌が侵入する。
「!」
慌てて噛まぬように大きく開いた口内を、ゆっくりと辿ってからデザームの舌が去ってゆくのを、ゼルは身じろぎもせずにただ待った。
「…美味いか?」
唇を離したデザームが、その距離のまま囁く。
聞かれてようやく、ゼルは、味も感じないほどに緊張していたことに気づく。
「よく…わかりません。」
掠れた声で答えると、デザームが薄く笑う。
「私は好きだ。つぶつぶいちごは実に美味い。そうは思わないか?ゼル。」
紅い瞳に見つめられ、ゼルはこくりと頷いた。
「は…。私も好き…かも知れません。」
デザームがそっと身を起こす。
満足そうに歩き去る後ろ姿を見ながら、甘い残り香が漂うのをゼルは感じていた。
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